第六夜を手裏剣として懐に隠し持つ
第六夜を手裏剣として懐に隠し持つ
本文を再投稿します。
コンサートからしばらく経ったころ
玉手箱のように「我ら、時」の箱を開けてみた。
「うさぎ!」を読んでいくと
コンサートで小沢健二さんが話してたこととリンクする言葉が
たくさん出てきた。
もっと読みたくなって、図書館で「子どもと昔話」のバックナンバーを借りてきた。
コンサートで受け取ったメッセージの暗号を解読していくみたいな感じで
いろんなことがつながってきた。
そして、小沢健二さんが絵本の国をしばらく離れて基地帝国にいる理由も
「うさぎ!」を読んでわかった気がした。
手裏剣モチーフの意味も。
私の不幸感の原因も「灰色」だと表現しても良いだろうということも。
お金がないと楽しく遊べないような気がしたり
掃除しよ→洗剤買わなきゃ、道具買わなきゃみたいな消費社会の思考パターン。
コンサートの後は
「自分の場所で頑張ろう」みたいに思えたけど
日常に戻ってしばらくたつと
自分の日常に価値を見いだせないと思ってしまう時もやっぱりまだまだある。
それでも私も戦っていこうと思う。
まずは、自分の中の「灰色」と。
第六夜を手裏剣として懐に隠し持ち…。
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以下は、コンサート後にmixiに書いた日記です。
かなり浮かれてますが(笑)
そして、長文ですが、よろしければご覧ください。
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小沢健二のコンサート、「東京の街が奏でる」第六夜に行ってきた。
何年か前の秋、どうしてだか唐突に小沢健二の「Life」が聴きたくなった。
実家で行方不明になったままの「Life」
TSUTAYAでレンタルして再び聴いた。
そして、秋に無性に聴きたくなった理由がわかった。
「いちょう並木のセレナーデ」
それから、彼の他のアルバムも再び聴き始めた。
改めて聴く小沢健二の曲は、アルバムごとに表情が変わっていて
何より歌詞が素晴らしかった。
曲を聴くと、私の脳内にさまざまな映像がその曲の「シーン」として流れていく。
この人は、なんでこんな豊かな日本語を使えるのだろう。
その当時のオザケンの年齢を考えて驚嘆する。
そして彼の音楽は、時間を超えてもぶれることがなかった。
そうして彼の音楽は、私の「心の中のベストテン第1位」となった。
東京で十二夜行われるコンサート。
家族を持つ身となった今の自分が大阪から参加するには、少しばかりの調整が必要だったが
今回は強い気持ちで参加すると決めた。
そして東京へ。
春の嵐が吹き荒れたコンサート前日は、銀座で、いちょう並木の近くのお店で、遠く離れる友人と再会。
そして迎えたコンサート。
メトロノームの響きが、期待が高鳴る胸をさらにドキドキさせる。
スカパラの北原さんが、かみまくって朗読ww、そしてオルゴール。
そして登場したオザケン。
朗読?お話?が始まった。
「あれまぁ」という表現がとてもオザケンらしい。
話が進む中、オザケンが
「みなさんも日々大きな敵(?だったかな?立ち向かう標的というイミだったと思う)に立ち向かっていることだと思います」
と言ったとき、私は少し身構え始めていた。
それは、オザケン絡みで目にした
「あの頃の未来に僕らは立って…ない!立ってない!!何者でもない!何やってんだ私(俺)!というのが夜空ノムコウ現象です 小沢健二のコンサートに行くとなりやすいので気をつけましょう………気を強く持って!」
というツイートに起因するものだった。
だけど、オザケンの続けた言葉で私は号泣することになった。
「子育てとか、世界征服とか」
子育て、という単語がオザケンの口から出るなんて…
その言葉に今の自分が救われたような気がして、
オザケンに肯定されたような気がして、
自分でも驚くほど、感情が堰を切って涙が溢れ出してきた。
そして、オザケンが唄いだした。
東京の街が奏でる
涙で瞼が開けられないまま聴くオザケンの歌声は
力強くて、なんだかオザケンも泣いてんのかなと思ったりして、
魂込めて唄ってる!って感じだった。
泣きながら次に聴いたのは、
さよならなんて云えないよ~美しさ
本当はわかってる。二度と戻らない美しい日にいると
私が一番好きなセツナイ歌詞。
銀座で、イチョウ並木の近くで、昨日もそんな風に感じてた。
もうたまりません(泣)
コンサートで泣いたの、初めてだっつーの。
このコンサート、何よりオザケンのギターがすごかった!
今まで立ってギター弾いてるオザケンしか知らなかったんだけど
オペラシティのオザケンは、後ろにヴァイオリン、チェロ、ヴィオラを従え
あれはなんと言うのだろう、足置きみたいなのに足を置いて、座ってギター弾いて唄ってた。
それはそれは素晴らしく、いろんな表情のギターを奏でてた。
「かき鳴らす」って感じがすごかった。
両脇には、ベースの中村キタローさんと、コーラスの真城めぐみさん。
オザケン含む七人が奏でるメロディー。
シンプルなぶん、オザケンのギターが際立ってたように思う。
オザケンの口から、おかげ参りとか大塩平八郎の乱とか日本史の講義みたいな単語を聞くとは思いませんでしたが
オザケンはみんなのことを、社会のことを考えてる王子さまだった。やっぱり。
アンケートにも「暮らしぶり」とか書く欄があったし。
オザケンのプリンシプル
そしてこの日、第六夜では、例の、コンサート十二夜コンプリートの話が
オザケンから出ました。
巨悪に立ち向かわず、リスクの少ない手頃な標的に向かって自分のすべてをかけて戦うって、「?あれまぁ」って例えのあとで
お金にまかせて十二夜コンプリートというのは…
あと一回分のチケットだけ残して、残りのチケットを誰かに譲ってほしい。
そして、できればその人と一緒にお茶でも飲んでほしい。
そういう喜びを味わってみてほしい。
そうして迎えたコンサートで、あなたは再びどう感じるか。
…みたいなニュアンスのお話だったと思います。
このお話が始まって、いきなりびっくりだったんだけど
なんか、やっぱり、
オザケンって永遠の生徒会長
正義感がステキ
どうやったらこんな人間が育つんだろう。
やっぱり「こどもと昔話」と音楽か?!
グリム童話子どもに読まなきゃ~なんて思いました。
コンサートの曲は、ほとんどのお客さんがもちろん全部唄えるわけで
ドアノックダンスなんかも踊っちゃえるわけで
「おやすみなさい、仔猫ちゃん!」で
オザケンに「おんなのこ!」「おとこのこ!」って言われて唄ったんだけど
できたらオザケンに甘い声で「カモォーン」って言われて唄えればもっと良かったww
「それはちょっと」とか、こんな甘美なラブソングだっけか…と思いながら
後ろのスクリーンに映される花火の映像見て
エリザベス、なかなかやるやん..。とか、ちょっとエリザベスも肯定し始めたりしてww
それまで、
「我ら、時」っていらないものいっぱい入ってて1万5千円もすんのよー。エリザベスの写真とかボタンとかさー
とか毒づいてたのにww
買ったよー。「我ら、時」
なんかね、オザケンと私たち観客、とても近かった気がします。
ちゃんとコミュニケートとれてた感じ。
そういえば、コンサートの最後の方でオザケンが言ってた。
コンサートが9千円で、「我ら、時」が1万5千円で、高いとか言われたりしたんだけど
お金をかけてものを作れるっていうのはいいなぁ..と思います。って。
なんかフツーに会話してる感じでしたよ。
「こういうとこに集まって、うかれて騒げる大人になれたことを祝いたいと思います」
って言って始まった、
東京恋愛専科~では
「行きましょ」なんつって腕を組んで…から始まる、
大人な私たちバンザイの歌詞をオザケンが何回も繰り返して、盛り上がりましたねー。
個人的には、大人になったオザケンの「春にして君を想う」も聴けて大満足でした。
ひとりブギーバックもカラオケみたいで新鮮だったなぁ。
「あらし」聴いて、こんな幻想的な曲だっけかー?と新たな発見。
音楽と映像と観客が一体となって作り出される素敵な空間。
泣いて、笑って、一緒に唄って、踊って。
ほんとーにしあわせな時間だった。
そうして、17時開演のコンサートが終わって時計を見たら、20時46分ころ。
最終の新幹線で帰るのやめて、もう1泊ホテルとっといて良かったぜー。
終演してからロビーで書いたアンケートの感想は、
まさに「長い手紙」。
私のアムールも爆発してたなwww
次の日、空港へ向かうリムジンバスで「Life」聴いただけで
涙がこぼれてきてびっくりしたよ。
そんだけ感動が大きかったんだなぁ。
ありがとう、小沢健二サン!
私は、私のいる場所でがんばります